海神 綿津見神(ワダツミ)の助けによって
失くした兄の釣針を見つけた火遠理命(ホオリ)。
しかし、なぜかワダツミは兄を負かす方法をホオリに教え
それに従ったホオリは、見事に兄 火照命(ホデリ)を屈服させました。
そして神話は、置いてきてしまった妻 豊玉毘売(トヨタマビメ)に移ります。
前の話:山幸彦④ 火遠理命(ホオリ)と火照命(ホデリ)の対立
豊玉毘売(トヨタマビメ)のおしかけ出産
さて、ある日のこと。
兄を屈服させ、実権を握ったホオリのもとに、やって来た者がいました。
豊玉毘売(トヨタマビメ)です。
トヨタマビメ「私のお腹には、あなたの赤ちゃんがいるの。」
あれ・・・?
ホデリを屈服させるために、3年かかっていたはずでは・・・
お腹の子と計算が合わないような・・・
でも、ホオリは特に気にしてないようです。
ホオリ「ええっ! そんな身重でここまで来たの?」
トヨタマビメ「だって、天津神の御子を海で産むわけにはいかにもの。」
トヨタマビメ「もう生まれそう・・・」
今にも出産しそうなトヨタマビメの様子に慌て、海辺の渚に急いで産屋(うぶや)を建て始めました。
産屋(うぶや)
出産するための小屋のこと。
材料がないので、屋根は葦(あし)ぶき屋根の代わりに、鵜(う)の羽をふいていきます。
ただ、その間にもトヨタマビメの陣痛はひどくなっていきました。
トヨタマビメ「だめ!もう耐えられない!!」
トヨタマビメはそう言うと、まだ屋根を葺きあえないうちに、産屋の中に入ってしまいました。
豊玉毘売(トヨタマビメ)の出産
さあ、これから産もうという時に、トヨタマビメはこう言いました。
トヨタマビメ「異国の人が子を産むときには、みんなその国での姿になって産むの。」
ホオリ「えっ・・・?」
トヨタマビメ「だから、私もいまから本当の姿になって子を産むわ・・・」
ホオリ「本当の姿・・・?」
トヨタマビメ「でも、お願いだから私を見ないでね・・・」
ホオリ「・・・うん、わかった…」
わかったとは言ったものの、トヨタマビメの言葉を奇妙に思ったホオリ。
やっぱり覗いちゃいました・・・
すると・・・
ホオリ「ぎょえ~~!!」
驚きのあまり叫び声をあげたホオリ。
彼が見たものは・・・
とてつもなく大きな八尋和邇(やひろわに)の姿でした。
八尋和邇(やひろわに)
ここでは、「とっても巨大なサメ」と言いたいようです。
尋(ひろ)は古代の長さの単位で、1尋は両手をいっぱいに広げた長さです。
ホオリは、巨大なサメが這い回り、身をくねらせている姿を見て恐怖し、
一目散に逃げ出してしまいました・・・
豊玉毘売(トヨタマビメ)との別れ
ホオリに本当の姿を見られたことにショックを受けたトヨタマビメ。
トヨタマビメ「これからずっと、海の道を通って行き来しようと思ってたけど・・・」
トヨタマビメ「ホオリにほんとの姿を見られてしまって恥ずかしい・・・」
そうつぶやくと、産んだ子をその場におき、海坂(うなさか)を塞いで海の世界に帰って行ってしまいました。
海坂(うなさか)
地上界と海の世界との境目、国境。
ちなみに、地上界と黄泉の国との境は 黄泉比良坂(よもつひらさか)です。
なぜか、どちらも坂が国境になっていますね。
新たな御子の誕生
というわけで、その時生まれた御子を、こう名付けました。
天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命
(アマツヒコ ヒコ ナギサタケ ウカヤフキアエズ ノミコト)
名前の意味はこんな感じ・・・
天津日高(あまつひこ):
天津神の美称
日子(ひこ):
アマテラスの子孫
波限(なぎさ):
渚で
健(たけ):
たくましい
鵜葺草葺不合:
鵜の羽の屋根も葺(ふ)ききらない(うちに生まれた)
つまり
「渚で(産屋に)鵜の羽の屋根も吹きあえないうちに生まれた、たくましい天津神で、アマテラスの子孫」
ってな感じでしょうか・・・
長い名前ですね・・・
その後のことです。
トヨタマビメは、本当の姿を覗き見られたことを恨みもしましたが、
恋しい想いは募るばかり・・・
そこで、せめて息子ウガヤフキアエズの養母として、妹の玉依毘売(タマヨリヒメ)を地上に送ったのでした。
その時、トヨタマビメが献上した歌が一首
赤玉は 緒さへ光れど 白玉の 君が装ひ 貴くありけり
赤い宝石の玉は、それを通した緒まで赤く光るけれど
白玉のような貴方(ホオリ)は、さらに貴くていらっしゃいます
そして、ホオリの返歌
沖つ鳥 鴨著(ど)く島に 我が率寝し 妹は忘れじ 世のことごとに
鴨の寄り着く島で、私が共寝(ともね)をした妻のことを忘れない。命ある限り・・・
※ 共寝:一緒に寝ること。性的意味も含まれる。
ホオリはその後、高千穂の宮に580年住みました。
お墓は高千穂の山の西にあります・・・
ウガヤフキアエズと玉依毘売(タマヨリヒメ)
その後、ウガヤフキアエズは、なぜか養母の玉依姫(タマヨリビメ)と結婚しちゃいます。
この部分、古事記には全然詳しく書かれていません。
たぶん、ウガヤフキアエズは、あまり重要な方ではないのでしょう・・・
ただ、この二人が産んだ子がとっても重要な人物なんです。
五瀬命(イツセノミコト)
稲氷命(イナヒノミコト)
母の国である海原に行く
御毛沼命(ミケヌノミコト)
海を越えて常世の国に渡る
そして最後に産んだのが・・・
若御毛沼命(ワカミケヌノミコト)
別名①:豊御毛沼命(トヨミケヌノミコト)
別名②:神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコノミコト)
彼は、次の神話で主人公となる重要人物で、後に初代天皇の 神武天皇となるお方です。
次の話:神武東征① 神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコ)、東へ!